カテゴリ:モロッコ・イスラム( 16 )

Le sacrifice

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“犠牲”

イスラムの世界では、一番の大きな行事として“羊犠牲祭”がある。

たいていの家庭が1匹の生きた羊を買い、ラマダンが明けて2ヶ月と10日後に、お祈りをした後に羊をさばく。
イスラムの教えの中でのこと。
昔、アブラハムが、神様への忠誠を誓うために、自分の息子の命を捧げるよう要求されたそうな。
父親としてそんなことはしたくない、でも神様の言葉には従いたい・・・。
迷いに迷い、ついに自分の息子の命を神様に捧ごうとした時、神様から再度お言葉が。
“おまえの忠誠の心はよく分かった。
 おまえの息子を犠牲にするのではなく、代わりに一頭の羊を犠牲にせよ。
 そして、羊の命を捧げなさい。”

一家の家長が、包丁を持ち、羊をさばく。

イスラムの世界で、一番の行事。
しっかりと目に焼き付けようと、近くで立ち会いました。

日本では昔、牛の解体をする人々を、人間よりも劣った人種として差別していた。
生き物をさばく人が、なぜそのように扱われたのだろう?
羊をさばく様子を見せてもらい、家長の存在の大きさを感じた。
そして、命を生で感じることの意義を感じた。
生きるために必要なこと。
日本人は、自分たちが生きていることの背景を、あまりにも見ていないのではないだろうか。
正直、目をそむけたくなる光景だが、知る必要のあることに感じた。


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生きた羊を、数名の男性が抑え、
“ビスミッラー (いただきます)”
の言葉の後に、家長が首元に包丁を入れる。
さっきまで生きていた羊。
数日間、もしくは何年間も育てていた羊だ。

うめき声をあげたり、バタバタと暴れたり、痛々しい。
首に入れた包丁は、首を全部切り落とすわけではなく、神経系は残す。
そうすることで、心肺機能と循環機能を生かすらしい。
羊自身の能力で、血抜きをすることが、犠牲にした羊の苦しみを短時間にし、更には肉を美味しくするらしい。
人間でいう“頸動脈”と“気管”が切られ、大量の血液と、気管からもれる“ハァーハァー”という、なんとも苦しい音がする。
大きな動きが無くなり、命を引きとったと思われる後も、お腹に手を当てると、温かさと脈を感じる。

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その後、後ろ脚に小さな穴をあけ、そこから息を吹き込み、羊が大きな風船のように膨らむ。
家長が必死に息を吹き込み、私なら酸欠になるのではないか・・・、そんな不安もよぎった。
しっかりと膨らんだ羊は、吊るされ、次の作業に移る。
吊り下がった羊からは、血液と胃の内容物がたれる。

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吊るされた羊は、皮を剥がれる。
ナイフと手で、肉屋に吊るされている状態にされる。
またとない機会に、私も手伝わせてもらう。
温かい羊、初めて触れる結合組織の感覚。
肉と皮の間の白いもの。
何となく細い糸のように感じた結合組織を、ナイフで少しずつ切り離していく。
そんな作業をしながら、何となく芸術作品を作る作業に参加しているような気分になる。

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ほとんどの皮がはがされ、首元にたどり着いたら、首が切り離される。
頭はすぐに、お母さんが火で焼く。
役割分担で、同時進行だ。
家長は、お腹を切り開き、内臓を取り出す。
胃は、内容物を取り出し、洗い流す。
大腸は、息を吹き込み、コロコロしたフンがポロポロと出てくる。
小腸は、消化作業が途中のため、手で内容物を送り出し、きれいにする。

そんな風な作業を終え、串焼き、タジン、クスクスなどの料理で、家族やお客さんを招いてごちそうを食べる。

それが“羊犠牲祭”。

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街中のいたる所に、羊の血が残っています。
しかし、家を訪問し合い、食事をする。
肉を分け合い、語り合う。

そんな習慣の中、お客さんとして、沢山のお家にごちそうになりました。
苦しくなるまで食べ、さらに食べろと言われる。
限界を超え、少し胃が悲鳴をあげましたが、モロッコの文化を感じられた、貴重な経験でした。

私たちが生きるために“犠牲”になる命。
自分が、それらの“犠牲”を最大限生かし、“犠牲にしない”よう生かさなければ。

by coffeeshopdabada | 2010-11-30 11:07 | モロッコ・イスラム

La richesse

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“豊かさ”

毎日活動に行っている、モロッコの田舎にある中学校。
写真は、去年の冬に、地域の協力と、先生と生徒の作業によって、中庭と校庭を整備した時の写真。

無かったものが形になることの喜び、想像することしかできないが、めちゃくちゃ嬉しかったんじゃないかなって思う。

私は、今の状況しか知らず、あることが当然と思っていた。
こんな少し前の過去でも、知れば見方が変わる。

モロッコに来て、自分の心の豊かさが小さいと、頻繁に感じる。

モロッコの人たちは、分かち合うということを、本当に当然のようにする。
例えば・・・
ほんの小さなチョコレートを持った小学生が、私に一口分けてくれる。
本当に小さいのに・・・、飽食時代の私には、そんな些細なことが、なぜか心にしみる。
日本の自分なら、分けずに自分で食べる。
親にねだって、お菓子を増やす。
・・・
物が少ない、無い、そんな生活では、何でもお金で買って解決する自分が、
“豊か”とは感じない。

フランス語学校でのこと
こちらでは、フランス語の教科書なんかの輸入物は高い。
友達同士で1冊買って、コピーして使うか、一緒に使うことも多い。
それに比べて私は・・・。
教科書、ワークブック、電子辞書、何でも持っている。
こんなに不自由のない環境が普通の私。
そんな環境なら、研究者でも何でもなれたんじゃないか・・・。
“豊かさ”の中の自分と、結果を比較して、どことなく残念な気持ちになる。


モロッコでの生活が長くなり、今まで見えなかった、庶民の暮らしが少しずつ見えてきた。
日本人の持つ“豊かさ”の物差しが、新たなスケールに触れ出しています。

by coffeeshopdabada | 2010-11-10 20:29 | モロッコ・イスラム

le chameau

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“らくだ”

久しぶりの更新です。
ずいぶんと長い間、書けなかったこと、残念ですが、バタバタしていました。
何が忙しかったのか・・・?

ベニメラルでの隊員の開催する、講習会の助っ人に1週間ほど家を空けたこと。
近くの料理隊員の学校で行われた、お茶会のお手伝いをさせてもらったこと。
フランス語の勉強に、ついて行くのに必死なこと・・・。
日本の中学校との交流を、モロッコの中学校とやったこと。
・・・

何なんだろうか、最近、自分の家にいる時間が、めちゃくちゃ少ない・・・。
こんなおかしなリズムで、頭の中は、いつもの通り、悩む。
そんな中で気づいたこと。

“ブログを更新していない”
“ブログを始めた時の気持ちを、忘れてた”

このブログを始めた時の思い・・・。
モロッコを、私の好きな人たちに知ってもらいたい。
その思いが一番強かったのに、いつの間にか、自分の思いのはけ口にしていたような気がする。
初心に戻ろう。

モロッコには、“ラクダが沢山いる”と日本にいる時から聞いていた。
事実でした。
数週間前、中学校にいつものように足を運び、帰りがけの車の中でのこと。
いねむりをしてしまい、ふっと目を覚ますと、道路のわきにラクダが40~50頭、水を飲んでいる。
思わず、叫んでしまった。

ラクダを飼育し、売っているそうだ。
ラクダを小さいうちに買うのは、3000DH(3万円)くらいだそうだ。
それを育て、売るころには、何倍にもなって売れるそうだ。
具体的な金額を聞いたけど、忘れてしまった・・・。


さてさて、最近の私は、何だか考えすぎて、楽しむことを忘れていたように思う。
“笑う門には福来たる”
“動けば変わる”

日本とは違う世界で、読めない将来を読もうとし、自分を苦しめていた。
言葉が不自由・・・。
だからなんだ!?
今の自分が、その状況を楽しんで、動いていくこと。

“ラクダ”のように、ずーっと長く歩きたい。
青年海外協力隊としての自分がスタートして、6ヶ月。
多くの人に出会い、多くのことを学び、環境を変えたことで学べたことが沢山ある。
そんな今を、素直に楽しみたいと思う。

by coffeeshopdabada | 2010-11-08 07:23 | モロッコ・イスラム

Le Tajin

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“タジン”

モロッコ料理の代表、タジン。
日本で一度食べたことがありましたが、モロッコに来て週に数回は食べるようになりました。
写真のように、とんがった蓋が特徴。
ちびまる子ちゃんの“永沢君”のような形をしています。
その形は、蒸気が効率よく鍋の中をめぐるためであり、水がすくない国モロッコの生活の知恵が見えます。

さて、手順だけですが残しておきます。(味付けは、Hassan風です。)
Tagin de boeuf:牛肉タジン
・タジン鍋を熱し、サラダ油をひきます。
・千切りにした玉ねぎを、タジン鍋にしきます。
・タジン鍋の中央あたり、玉ねぎの上に肉をのせます。
・肉を隠すように、玉ねぎ・人参・ジャガイモ・オリーブ・香菜をのせます。
・その後に、別の容器で調味料(パウダー状のもの)を合わせ、タジン鍋にたらします。
 オリーブオイル 大さじ1
 塩 小さじ1
 胡椒 少々
 うこん 小さじ1/2
 アマトウガラシ 少々
 コリアンダー 小さじ2
・最後に、カップ1ほどの水を加え、蓋をして待つ。

肉が柔らかくなるまで待って完成。
肉によって、20~30分で完成するもの、1時間くらいじっくり煮るものがある。
スープをパンにしみ込ませて食べたり、パンと具を一緒に食べたり、とてもおいしいです。

日本では、タジン鍋がなかなか手に入りにくいと思うけど、あれば便利な調理器具だと思う。
簡単で、おしゃれ、そして日本人の口に合う。
ちなみにタジン鍋二人用は、20DH(200円)で買いました。 
タジン鍋がなくても、圧力鍋があればできる、タジン風料理を近いうちに紹介します。

by coffeeshopdabada | 2010-09-05 21:57 | モロッコ・イスラム

La protection

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“防御”

イスラム社会では、女性は必ずジュラバのような服で、体のラインを隠し、頭にも布を巻き髪の毛や首を隠し、外から見えるのは手先、足先、顔。
なぜなのか?
日差しがきついし、肌を守ってるのかなぁ~なんて思っていましたが、もっと深い意味がありました。

こないだいつものようにSouadと話をしたこと。
“女性が体を隠すのには2つの意味があるのよ。
 1つは男性を守るため。
 もう1つは女性を守るため。”
これだけで分かるかな?詳しく言うと、
“男性は弱い者”と、イスラム世界でもみなされているようです。
体のラインを隠すことで、男性を興奮させないよう、男性を守っている。
同時に、男性が変な気持を起さないことで、男性から女性を守っているようです。
“アメリカでは1秒に1人の女性が、男性の暴力で傷ついているって聞いたよ。
 そんなことは、イスラムの世界ではないよ。”
女性から聞いたことですが、男性も同じように考えているのでしょうか?
そこが気になります。

それと同時に、
“男性は4人まで結婚できるのよ。
 ただし、4人ともに平等に愛情と物質的なものを与えなければならないの。
 それができるなら、4人まで妻をもてるの。
 できないなら、1人。”
これも、女性を守るためのようです。
男性が平等に4つの家庭を構えることで、多くの女性と子供を守ることができる。
統計上もしくは戦争の関係で、男性より女性が多いといわれている社会で、一夫多妻制は、こんな風な理由があるそうです。

写真は、子供誕生祭とでも呼んでみましょうか。
子供が生まれて数週間の間に、家族や友達を招待して、食べたり踊ったりするものです。
そこは女性のみの空間で、頭に巻く布ははずされ、踊りまくり。
頭に巻いていた布は腰に移動し、腰や頭を振りまわして、色気むんむんです。
私も挑戦しましたが、
“もっと腰を振りなさい。
 お尻をこうすんの!!”
って、お尻をわしずかみにされながら、この女性に指導を受けました。

by coffeeshopdabada | 2010-08-20 19:56 | モロッコ・イスラム

L'islam

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イスラム教。

モロッコに来る前、イスラム教は何となく怖い、あやしい・・・
そんな否定的な考えを持っていた。

だけど今の私は、完全にイスラムの世界に助けられている。
夜ごはんを一人で食べようと準備していたら、電話が鳴る。
“何でうちの家に来ないの!?
 来ないから心配してるし、ご飯食べるの待ってるよ!!”
こんな感じだから、毎日お邪魔している。
“何か困ったことがあれば言ってね。全部準備するから。”
“自分の家だと思って、好きなようにして。夜は泊っていくでしょ?”
こんな感じで、守られている。

グランドタクシーに乗るときのこと、
“あんた、どこ行くんだ?おれと同じだな・・・”
そんな感じで、私の席まで確保してくれる。
そして、語学学校で知り合った子も、さりげなく毎回私の席を確保してから、自分のタクシーを探してくれている。

グランドタクシーの中で
“あんたフランス語話せるのか?
 スリが多いから気をつけなよ。”
たいていの人がこんな注意をくれる。

今のところ、スリや意地悪な人には会っていない。
(シノイーズって、からかってくる奴はいるけど・・・)
ん~社交辞令って部分もあるんだろうなぁって思って、日本人的な遠慮もしてたけど、大家さんの家では遠慮もやめようかなって思う。
Souadに“人生の目標は何?”みたいに聞かれて、お互いに話をしていた時のこと。
“私は、子供は3人かなぁ。二人は自分の子供で、もう一人は両親のいない子を引き取るの。・・・
 イスラム教では、この世の人生60年、死後の世界は永遠って言われているの。
 この世で死んで、楽園に行った時に神様が聞くの。
 あなたは60年間、何をしてきたのか語ってごらんってね。
 だから私は、毎日お祈りもするし、困った人を助けたいし、人を助ける仕事に就くつもり・・・”
他にも、
“時々、イスラム教徒の私たちが、日本人を見て、
 彼らの方がイスラム教徒みたいって感じることがあるよ。
 イスラムでは、人に見られていないからってズルいことをするのも、
 神様は見ているっていって、してはだめなことなの。
 日本人っていつも真面目に働くでしょ?ズルしないでしょ?
 イスラム教徒に見えるよ。”

こんなやり取りをして感じるのは、私は仏教をはじめ多くの宗教に触れ、色んな教えを受け道徳心のある人間に育ててもらっている。
そんな自分の道徳心と、イスラムの考えは似ているところが多い。
困った時はお互いさま。嘘をついたら、閻魔さまに舌抜かれるよ。人に見られてなくても、ちゃんとしなさい、誰かが見てるから・・・。
色々似ている。

写真は、任地の観光名所でもある、アガディールのモスク。
今、イスラム教に興味がある。そして仏教や道徳にも興味がある。
近いうちに、モスクの中に入ってみたいと思う。

 

by coffeeshopdabada | 2010-08-16 18:21 | モロッコ・イスラム

Le diner

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夕飯。

ラマダン入りしたモロッコでは、日中は食べ物を口にしている人がいません。
ラマダンとは、日の出から日没までの間、食べ物や水を口にしないということ。
恥ずかしいながら、私はラマダン“断食”とは、一切食べ物と飲み物を口にしないものだと勘違いしていた。
恥ずかしい・・・。
日没後、7時半くらいに第一の食事をとり、5度目の礼拝の後10時過ぎに夕飯をとり、翌朝1度目の礼拝前の日の出前にもう一度食事をとる。
1ヶ月間食を絶つと勘違いしていた私ですが、そのことを言うと
“そんなことしたら死んでしまうよ”
とあっさり言われました・・・。

イスラム教のことを少しメモしておく。
イスラム教徒は5つの事をしなければならない。
①神アッラーを唯一の神とする
②1日5回、メッカの方角を向いて礼拝する
③年に一度一ヶ月間、断食
④貧しい人、困っている人を助ける
⑤可能ならば、人生で一度メッカに巡礼する
絶対の神が“断食しなさい。貧しい者の気持ちを理解し、日々の食べ物を与えてくれる神に感謝しなさい。そして、死後の世界に良い世界があなたをまっています。”と教えを説いている。

“何でイスラム教の人は断食が好きなの?”
昨日、私は質問した。
聞いた後に自分で、浅はかな質問をしてしまったと反省した。
彼らにとって断食は、年に一度の神聖なる月であって、ラマダンも神聖なるもの。
“食べられない、飲めない”という苦痛だけを考えて質問した自分。
浅はかだった。

そして私はというと、イスラム教徒ではないのでラマダンはしていませ。
よって、朝食・昼食を自宅で食べています。
そして夕方、大家さんの家にお邪魔し、7時半と10時にごちそうになる。
このままでは太りそうです。

by coffeeshopdabada | 2010-08-16 08:04 | モロッコ・イスラム

Les taxis

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タクシー。

毎日乗っている、私のタクシーです。
モロッコには、2種類のタクシーがあります。
市と市を移動する、上の写真グランドタクシー。
一つの市の中を移動する、下の写真プチタクシー。

Le grand taxi(グランドタクシー:グラタク)
これは写真を見ても分かるように、古い車です。
でもどのタクシーを見ても、“ベンツ”です。
ヨーロッパから、古い車を輸入しているのでしょうか?
それにしても、日本ではもう乗っていないだろうなぁと思います。
そして、そのタクシーにお客さんは“6人”乗ります。
運転手を合わせて“7人”そろうと、タクシーは、目的の市を目指して出発します。
助手席に2人、後部座席に4人。
狭いです、ギューギューです。
細い人や子供と相乗りになると、快適です。
太っちょさんは、二人分の運賃を払って、二人分のスペースで乗るそうです。
このグラタクに乗って20分くらいかけて、アガディールにあるフランス語学校に通っています。
昼間の運賃5DH(ディルハム)、日本円にして50円。
日没の運賃7.5DH、日本円にして75円。


Le petit taxi(プチタクシー:プチタク)
プチタクは、お客さんは3人。
とても快適です。
でも、タクシーによって古かったり新しかったり、当たりとはずれがあります。
プチタクは、一つの市内のみを移動するため、市ごとに色が違っています。
下の写真は、首都ラバト市内を走るプチタクです。
私の住む町アイトメルールは、空色(bleu ciel)で、フランス語学校のあるアガディールは、オレンジ(orange)です。
これは、メーターがついていて距離によって値段が変わります。
(うちの町アイトメルールは、メーターがないようです・・・。)
昼間と日没後の値段は違い、日没後は1.5倍ほどになります。
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日本では乗らないタクシーですが、モロッコでは気軽に、そして頻繁に乗っています。

by coffeeshopdabada | 2010-08-11 18:48 | モロッコ・イスラム

Le départ

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始まり。

引越しが完了しました。
任地に赴任して10日が経ち、同僚の先生ハッサン、奥さんのハディジャ、3人のかわいい女の子の家でのホームステイも終わりです。
さっき、涙のお別れをしました。
というのも、引っ越した家は、ハッサンの家の3軒隣。
でも、明日から家族のみんなが、バカンスの旅行にでかけます。
なので、いろいろ教えてもらうためにお邪魔しても、誰もいないわけです。

でも、これが普通です。
今までは、してもらいすぎていた・・・。
本気でそう思います。
物件探し。
役所手続き。
フランス語学校の手続き。
買い物。
生活の仕方。
近所の散歩。
・・・

これからの一人での暮らし。
どんな人、物と出会うのだろう。

写真は1週間前初めて“サボテン”を食べた時のもの。
ビクビクして食べたけど、おいしかった。
今まで食べずに過ごした自分に、少し後悔しました。
これからの出会い、想像もしない出会いを楽しんでいきたいです。

最後に、昨日ハッサンの家に一人で留守番してた時のこと。
家の中から鍵をかけ、鍵を抜こうとしたら・・・鍵が折れました。
ということで、半日家を出られず、ハッサンたちの帰りを待ちました。

今日、新居で洗面台を磨こうとした時のこと。
水道を止めようとしても、止まりません・・・。

鍵が折れる、水が止まらない。
日本では体験したことのない、珍事でした。

by coffeeshopdabada | 2010-08-09 07:13 | モロッコ・イスラム

le café au lait

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カフェオレ。
フランス語を習い始めて、ずっと気になっていたことを書く。
小さいころから馴染みのある“カフェオレ”。
これはフランス語からきた、日本語だということに気づいてしばらく経つ。
幼いころからずっと、カフェ and ミルク のような意味だと思っていた。
でも、フランス語を習い始めて疑問を感じだした。
フランス語では、カフェ in ミルク のように直訳できる表現だからだ。

日本では、お湯とコーヒーでブラックコーヒーを作り、そこに牛乳を注ぐ。
このイメージで育った私には、フランス語の
“コーヒー in ミルク (cafè au lait)”がしっくりこない。
“ミルク in コーヒー”だからだ。
でも、こっちにきて納得した。

鍋であっためた牛乳に、コーヒーの粉を溶かして飲むのが普通だ。
まさに“カフェ in ミルク”だ。

by coffeeshopdabada | 2010-08-05 10:34 | モロッコ・イスラム