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L'essai

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“試し”

昨日と今日、ラマダンをしてみた。
朝5時前~夜7時くらいまで、食べ物・飲み物を一切口にしないこと。
初めてのラマダン・・・。
昨日と今日の二日間の試みで、私はやめようと思います。

ラマダン中は、日中は何も食べれない飲めない。
ということは、日没後は自由に飲み食いできる・・・。
ってことで、Hassanの家で夕方6時ごろ、日没後に最初に食べるフトール(朝食)を準備。
Hassanの家には、バカンス中ということで、普段はいない兄弟のRachidとMonir来ていた。
みんな男性。
彼らが手際よく、魚をさばきパンを焼き、デザートを作り、テーブルの上はのり切らないほどの食べ物。
更に、ご近所さんがハリラスープをお裾分けしてくれる。

そして、日没と当時にお祈りの合図。
みんな、お祈りをし“ビスミッラー”(いただきます)
好きな時に好きなものを口にできる、そんな普通のことがすごく幸せに感じ、ありがたく感じました。
ただ、最近はもう涼しくなってきていて、私のラマダンは厳しくなく、あっさりと終わりをつげている。
でも、3食規則正しく食べること、夜は早く寝ることを好む私には、とても厳しいものだ。
夜7時に食べ、
夜10時、いや遅い時は2時とか・・・に食べ、
日の出前の朝4時半に、ジュース・水、ナツメヤシの実を食べ、
朝方から寝る。
昼過ぎに起きて活動。
どことなく私は無気力、眠い。
今、文章を書いていても、いつものようにスムーズに書けないし、ひらめかない。
あまりポジティブな印象は受けない・・・そんな私です。

ただ、家族や近所の人、モロッコ人のみんなが、欲を我慢し、夜美味しくご飯を食べる。
みんなが一つの目標に向かい、まとまっている感じが、めちゃくちゃ大きなスポーツチームのよう私の目に映る。
そして、バカンス中は人の移動が多く、家族なのか親戚なのか、近所の人なのか、よくわからないけど、色んな人との出会いがある。
モロッコでは、たとえ1人で家に残り過ごすことになっても、お互いに助け合い、いつも誰かと一緒に食事をすることが当然のようだ。
そんな共同体のような社会が、私には素敵だなって映る。

こんな“試み”程度のラマダンだが、何でもやってみるものだ。
近所の人に“ラマダンやってるよ”って言うと、やたら喜んでくれる。
一緒に美味しさを噛みしめることができる。
来年のラマダン、私はラマダンするだろうか・・・?
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by coffeeshopdabada | 2010-09-07 06:09

La mère

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“母”

どこの国も“母”は同じだ。
いつも私の周りには、“母”がいる。

大学時代までは、実家で“おかん”に一人前に育ててもらう。
大学生活では、大阪で独り暮らし。
そこで友達のお母さん“おばちゃん”に、試合のたんびにおにぎりや弁当を持たせてもらう。
就職してからは、職場の主任や指導教官に、体を労わってもらい、弁当をもらったりおよばれしたり。

モロッコでも同じだ。
ラバトでのホームステイ中、体での会話で
“昼ご飯に、パン持って行ってもいい?”って聞くと、
“これも持って行きなさい”と、冷蔵庫からゆで卵を出してくれる。
最近は、大家さんの家でおよばれした後、
“あなたの分も、パン焼いたよ”って、パンを持たせてもらう。
さらに、近くにいるボランティアにも、出会って1ヶ月も経っていないのに、もうすでに、数え切れないほどご飯を食べさせてもらっている。

写真は、“ラマダン中の非常食に”と、最高のおにぎりを持たせてもらった時のもの。
モロッコに発つ日、おかんとねぇちゃんが、
“新幹線の中で食べて”
って、二人ともが弁当を作ってくれて、泣きそうになったこと。

今、親切にしてもらうと、今までお世話になった沢山の人の顔が浮かぶ。
常に私は、人に生かしてもらっている。
この恩返しをどうすればいいのだろうか・・・。
今は、“世話焼きなかぁちゃんになりたい”って、そんな風に思う。
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by coffeeshopdabada | 2010-09-02 04:56

L'expérience

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“経験”

8月28日土曜日夕方、初めてのスリにあいました。
(落としたのかもしれませんが、ここではスリと断定しておきます。)
場所は、自宅のあるアイトメルールから街のアガディールに行く、グランドタクシーの中。
いつものように、小銭入れからタクシー代5DHを払い、ポケットに小銭入れを入れる。
その後、ギュウギュウのグランドタクシーの後部座席に乗る。
10分後タクシーを降りると、小銭入れが無い。

左に乗っていた男の人が、妙に接近していた・・・。
私が、小銭入れをポケットに入れるのを見ていた・・・。
きっと彼でしょう・・・。

残念です。
ショックでした。
金額は“80DH”(800円)くらい。
金額じゃなく、今までいい国だと思っていたモロッコで、やはりスリがあるという現実。
同じ空間で、自分がカモ(金を持っているターゲット)として見られている現実。
そして、これは自分を過信している証拠だけど、
“自分は被害にあわない”
って思っていたのに合ってしまった現実。
人生で、財布を落としたこともないし、携帯、定期、鍵、落としたことのない自分。
スラれた時に、気づかなかった・・・。

しばらくスラれたことばかり、思い出していました。
だけど、いい経験です。
やはり、みんなから注意されるだけ、危険は身近にあること。
そして、自分はモロッコに来て出会った人は、今のところエリートやお金持ちが多いということ。
ゆとりのある人たちと過ごす毎日で、見るべきモロッコを見ていなかった。
現実を見つめるきっかけ、一日たった今はそう思っています。

今までの経験は、モロッコでは捨てる!
今までの自分のレールから、新たなレールに作り変える時期。
活動開始直前で、冷静に自分を見つめられるいい経験でした。

あっ、ポケット以外にお金を持っていたので、その後の行動に支障はありませんでした。
ポケットは捨て金専用にしようと思います。
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by coffeeshopdabada | 2010-08-30 03:41

La lune et le Mars

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“月と火星”

モロッコは、日本と緯度があまり変わらず、私の任地は鹿児島くらいの緯度にあります。
ということで、夜空を見上げると、月の中には見慣れた“うさぎさん”がいます。
そして最近は、火星が月の近くに明るく輝いています。
カウンターパートのHassanからメールで、
”深夜0時30分、
 月と火星がとなりに並ぶから、カメラを持って屋上にいきなさい!!”
言われた通りの行動をとりました。

話は変わって、
“月にうさぎがいる”
って言うと、モロッコ人に笑われました。
だけど、体を使って
“こんな風に体を反らせているでしょ!!”
って言うと、納得してた。
モロッコでは、月には“羊”がいるそうです。
うさぎの耳あたりが、足?
“もっと近づかないと見えない・・・”
って言われて、詳細は聞けなかったけど、お互い、
“月にうさぎ・・・!?”
“月に羊・・・!?”
かわいいね~とか、おかしいね~とか、
空を見ながら、ホッとする時間でした。
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by coffeeshopdabada | 2010-08-28 10:43

La maligne

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“いたずらっ子”

この写真の女の子、Abirは決していたずらっ子では無い。
まず否定しておく。

家が決まり、同僚がバカンスに行き、独りでの生活が始まったのが、二週間くらい前。
それから毎晩、大家さんの家に行くという甘えん坊。
ただで毎日、夕飯をごちそうになるもんだから、すごく申し訳なく、色々と小道具を持っていく日々が続いた。
初日、けん玉。
二日目、折り紙。
三日目、あやとり。
四日目、サッカーボール。
五日目、無し。
六日目、おはし。
七日目、日本についてのアラビア語パンフレット。
八日目、指差しアラビア語の本。
・・・
今日、無し。

毎日お邪魔するのが普通になった今、だらだらとしゃべって過ごす時間。
3時間くらいお邪魔して、夕飯後は色々しゃべってる。
今日、Souadに言われた言葉。
“maligne"(いたずらっ子、いじわる)
意味が分からず、首をかしげていると“モンキー”という説明をして、私も納得。

毎日毎日、文章にならないフランス語なのに、お互い楽しんで会話をしている今。
私を知っている人なら分かるはず。
私が誰かと仲良くなると、会話や行動がついつい“いたずらっ子”になっちゃうんです。
だから今日のSouadが言ってくれた
“maligne"(いたずらっ子)は、距離が確実に近付いた証で嬉しかった。

はじめはおそるおそる一緒に遊び、今ではおしゃべり友達。
写真のAbirのように、折り紙を自慢げに持った私から始まり、確実に友達になった。
そんな実感が嬉しく、明日も会いに行こうっと。
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by coffeeshopdabada | 2010-08-26 09:48

La rencontre

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出会い。

昨日の昼、家のベルが鳴った。
大家さんの娘さんSouàdが、昼食を誘いに来てくれた。
Hassan一家がいない私は、一緒に話をしてくれる存在に飢えていた。
喜んでお邪魔し、おいしい昼食をごちそうになり、4時間くらいお邪魔した。

Souàdと二人でしゃべりながら、会話が弾むのか心配してたけど、長い時間、沈黙もなく楽しく過ごした。
大部分をSouàdがしゃべってくれたけど、とても魅力的な女性だ。
モロッコに来て、一番楽しい会話をした時間だった。
語彙が豊富で、分かりやすく色んな言葉を教えてくれるし、表現が豊かだ。
“なぜモロッコに来たの?”
“趣味は?”
“モロッコが発展しないのは・・・”
“イスラム教は・・・”
こんな内容を話したけど、決して押しつけがましくなく、
“人生はパズルのようなものだよね。
 色んなものを見て、体験して、自分が必要と思うピースを選んでいけばいいよね。”
私のために、分かりやすいように選んでくれた言葉だったとも思うけど、そんな大らかな雰囲気が素敵でした。

それと、
“私は前は、語学の勉強が好きじゃなかったけど、今はすごく好き。”
そんなことを言うと、
“言葉のおかげで、今こうやって、新しい世界を広げてるよね。
 言葉のおかげだね。”

モロッコ人は、いくつもの言葉を話せるのが普通だ。
Souàdは、家ではベルベル語(この地域のタマジールだったかな?)、学校ではデリジャ(アラビア語モロッコ方言)、大学ではフランス語、他にもアラビア語(標準アラビア語?)、英語。
言葉の楽しさ、そして出会いの楽しさを知っているんだろうと思う。

最後に、ボタンを付けるための針と糸をもらった。
もう何年も前から手にしていない、針と糸。
私は今、フランス語をつかって人と人を縫い合わせているのかな・・・
フランス語で、いろんな出会いをしているなぁ。
そんな風に感じた今日でした。

 
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by coffeeshopdabada | 2010-08-13 07:45

Nagasaki

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長崎。
8月9日11時02分だったかな?
65年前の今日、原爆が投下されたのは。

こんなことをモロッコに来て思い出したのは、諺を教えてくれたLahoucineおじさんのおかげでした。
3日前に会った時に、私は話に参加して無かったんだけど、
“HIROSHIMA”という言葉が耳に入り、おじさんの方を見ると、やはり原爆の話をしている様子でした。
“広島と長崎に原爆が投下されたよ。”
そう言うと、広島は知ってたけど長崎は知らない様子でした。

その時に、犠牲者が何人ぐらいだったか・・・とか、すぐに答えられれば話も弾んだだろうに、残念ながら話は終わりました。

二本松での訓練で、あるボランティアの方が“広島の原爆”についての自主講座をしてくださいました。
“唯一の被爆国の日本を、知りたい人も海外にはいる。
 そして、唯一の被爆国の日本の自分たちが、海外に発信することが必要。”
そんなことをおっしゃっていました。
その時は、あまり本気で考えていなかった。

だけど今、もう一度勉強したいと思う。
3年前の今日、長崎の原爆祈念式典に参列して、何とも言えないあの雰囲気に涙を流した自分。
被爆者の方の話を聞いて、泣きまくった自分。
あの体験は、モロッコでも生かすべきものだ!
今さら気づきました。

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3年前の夏、携帯で撮影した長崎の平和祈念像。
広島の原爆ドーム。
モロッコのテレビでも、平和祈念式典の映像が流れていました。
日本人の私が、知らなくてどうする!!
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by coffeeshopdabada | 2010-08-10 07:45

le proverbe

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ことわざ 諺。

Petit à petit l'oiseau fait son nid.
鳥は少しずつ巣をつくる、少しずつ事は成就されるものである。

昨日、お世話になっている家族の親戚の家でけん玉をした。
けん玉をモロッコに持ってきて、自分からぐいぐいとアピールはしていなかったが、ホストファミリーが夢中になってきて、私も自然に教えるようになってきた。
で、昨日、親戚のおじさんも夢中になった。
“一日どれくらい練習したらいいの?”って聞かれて、
“私は毎日3時間くらい練習したよ。
 でも、毎日5分ずつでも続けたらいいよ。
 Petit à petit(少しずつ)”って答えた。

すると、おじさんがこの諺を教えてくれた。
それをきっかけに、日本にはどんな諺があるのか教えてと言われ、一生懸命いくつか説明した。
言葉たらずの説明でも、おじさんたちは理解してくれ、フランス語でもあるみたいだ。
そして、モロッコの人たちも、同じような諺を口にするみたいだ。
宗教や国、文化が違っても、人間としての本質は同じだなぁ。
そんな風に感じた。

毎日少しずつ。
私の心の支えになりそうな気がする。
鳥を見るたびに、自分に言い聞かせていこうと思う。
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by coffeeshopdabada | 2010-08-08 00:16

l'enfant

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子供。
任地アガディールに来て6日がたちました。
同僚となるハッサンさんの家で、ずっとお世話になっています。
またホームスティです。
そして、家探しや役所手続きを、自分のことのようにお世話してくれています。
仕事は、ちょうどバカンスと重なってしまったため、9月までは語学学習と身辺整理をしながら過ごす予定です。

さてさて、昨日の夕方のことです。
語学学校に一人で出かける時のことです。
“タクシーに乗る場所わかる?”
“荷物はいつも気をつけてよ”
“困ったらすぐに電話してよ”
・・・・
始めて私が一人で行動するもんだから、色々と教えてくれて心配してくれる。
そこで私は、つまりながらフランス語で
“私は、モロッコでは、子供です。
 頑張って、行ってきます。”
 
全てを親にしてもらっていた子供時代。
近所に一緒に出かけて、大人達の会話に入れず、隣でただ立って待っていたあの頃。
今の自分と重なります。

“今はまだ子供でも、とっても早く成長するよ!”
そんな風に優しく支えてくれる、ホストファミリーです。


写真はお世話になっている家族の、3人娘の長女。
私のお姉ちゃんです。
いつも遊びを教えてくれて、フランス語を教えてくれています。
前任者の方が、いろいろ日本のことを伝えていて、プレゼントも残していて、こんな風に浴衣を今日は着てくれました。



ブログの更新、なかなかできませんでした。
お世話になる家族の前で、PCにできるだけ向かうのはやめようと思ったからです。
私は変わりなく元気です。
相変わらず、周囲の人たちに支えられて、問題なく生活しています。
有り難いことです。
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by coffeeshopdabada | 2010-08-03 17:37

La Chinoise

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中国人。

こっちに来て、毎日必ず“シノウィ~”と声をかけられます。
自分が日本人である以上、反射的に“ちゃうで!!日本人やし!!”って言いたくなりますが、ぐっとこらえて“ニーハオ”なんて言ってみます。
で、その後に“日本人やで”って言ってみる。
すると、何人かの人は態度が変わったりもした。
・・・。
なぜだろう?
こんなことを、毎日歩きながら考える私でした。
今、私の中ではいくつかの考えがある。
書き留めておこうと思う。

・中国人も日本人も韓国人も、はっきり言って分からない!
 1ヶ月日本を離れ、日本人の顔をあまり見なくなると、正直言って日本人の私でも区別ができません。
 一緒に住んでいる家族でさえ、“中国から来たんやった?”ってな感じだ。
 海外の人が、アジア系の顔を見て“中国人や!”って言うのも自然だ。

・人種差別は世界共通!?
 これは残念なことだけど、“シノウィ~”っておちょくって声をかけてくる奴もいる。
 人間は、国籍が違っても、自分より弱い立場の存在を作り、優位に立とうとするのが本能なのか?

・中国って・・・
 中国人を差別用語のように使うのはなぜ?
 モロッコでも日本でも、身の回りにある物はmade in CHINA。
 生活するのに、中国なしではやっていけないのに、なぜだろう。
 自分の中にも、少し中国に対して負のイメージがある。
 だから、“シノウィ~”と言われて腹が立つ。
 中国に対しての考えをまとめたいと思う、今日この頃です。

・教育
 道徳の授業や社会の授業で、差別はだめ!過去の過ちをみつめよう。
 てな感じで、幼いころから学校で教わってきた。
 日本人も、外国人に対して差別的な発言をしていると思う。
 でも、人格を持った人はそんな発言はしない。
 モロッコの人権的な教育は、行われているのか?
 モロッコの教育はどんなものなのか?
 これから学んでいきたいと思います。


ごちゃごちゃと、嫌なことを書きましたが、一緒に過ごしていると国籍なんて関係ない気がする。
こんな風に、通りかかると笑顔で寄ってくる子供がいる。
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by coffeeshopdabada | 2010-07-27 21:20