Une année entière

“まる1年”

久しぶりの更新です。
更新しないことで、心配してくださった方、ありがとうございます。
特に病気をするわけでもなく、いつも通りの日々を過ごしていました。
またボチボチ、更新していきます。
今回は、ダラダラと重い内容になるような気がします・・・。

“まる1年”
日本での仕事を休職し、1年が経ちました。
正直、自分を攻めるばかりの、精神的にしんどい1年でした。

モロッコに来る前、ボランティアとして活動することは、
日本で働くのと同じくらいのことをするのだと、意気込んで来ました。
そして、モロッコでののんびりとした時間の流れに、

“日本で働いている先生方は、忙しくしんどい思いをしているのに、
 自分はモロッコで、さぼっているのではないか・・・
 給料泥棒、税金泥棒と言われても仕方ないんじゃないのか・・・”

“体育教師なのに、自分ひとりで体育の授業もできないなんて、
 情けない・・・。”

“毎日語学勉強をしているけど、いつまで経っても成長しない・・・
 情けない・・・”

“言葉を流暢にしゃべれない自分は、モロッコ人にとって、
 わずらわしい存在ではないのか・・・。
 何かをやりたいと思って来たけど、迷惑しかかけてないんじゃないか・・・。”

こんな、ネガティブな思いがいつも自分の中にありました。
バカですね、私。
自分で自分を苦しめていたように思います。

そんな1年間で、自分なりに考えて見えた物を書こうと思います。

自分を苦しめた一番の原因は、
“授業を一人でやろうとしなかった、自分” です。
いつも一緒に過ごす同僚の先生に、教育実習生のように思われ、
時には自分の当てゴマのように、利用されているのではないのか・・・
そんな風に感じる毎日でした。

私がモロッコのとある中学校に通い続ける理由は、大げさですが
“授業の質を高めるため” です。
ということで、私が一人で授業をできるように、
同僚の先生に教育実習生のように扱われる毎日は、
疑問を感じる葛藤の日々でした。

そして、情けなく思われるかもしれませんが、私の出した答えは、
“モロッコの先生と一緒に授業をする”
というものです。
私一人で授業すると、言葉の問題で体育なのに活動の時間の少ない授業になってしまいます。
なので、同僚のモロッコ人の先生と一緒に授業をし、その先生の授業の中に、
日本人の私の考え方や、日本の教え方が少しでも入ればいいのかなと、
ようやく結論を出せました。

モロッコの中学校では、体育の先生が毎日授業に来て、滞りなく授業が行われています。
その中で、一教師ではなくボランティアとしての立ち位置を、
ようやく見つけ出せたような気がします。

日本の授業で“質を高める”ということと、モロッコで“質を高める”というのは、
視点を変える必要があるなと、半年間中学校に通って気づきました。
モロッコの先生方は、知識と経験を持っていて、どのように指導すればよいのか聞くと、
すぐに答えてくれるほど、しっかりと自信をもって教えてくれます。
そして、子供にもしっかりと説明し理解させています。
しかし、授業で説明が終わると、生徒の近くでアドバイスをしながら授業を過ごすわけでなく、
教官室や椅子に座って、子供たちは自習練です。
日本の先生とは、働き方が違うなとようやく理解できました。
さらに、自分の説明に自信を持っていて、生徒が体育の授業で技術を獲得できないのは、
生徒のせいだとし、授業で小さなステップを踏みながら指導することは、
今のところ見たことがありません。

日本での私は、生徒が技術を獲得できないのは、授業の展開や自分の説明が不十分だと、
自己反省をし続けていました。
週2~3時間の体育の授業だけでは、生徒には不十分と自分で諦めつつも、
いつも自分の授業に反省していました。
しかし、そのような考え方は、今のところモロッコの先生からは見つけられません。
ということで、未熟な私なりに、今後の授業では、
生徒に寄り添いながら授業のサポートをしていきたいなと、今さらながら心に決めました。

そして、先生が生徒にただ
“走って体操して、ウォーミングアップをしとけ”
と指示をだして、そのまま1時間授業が終わってしまうことが多々あります。
そんなときに、“生徒の子守り”というくらいの感覚で、
生徒が体を動かして楽しんだという経験を、一緒に作っていけばいいのかなと、
自分のボランティアの立場を“遊びのお姉ちゃん”といところに落ち着けました。

日本での授業の質を高めることと、モロッコでの授業の質を高めるのは、
目線を変えなければならないと、ようやく気付きました。

モロッコに来て、
“授業も一人前にできない体育教師の自分”を、
色んな角度から攻め続けてきました。
でも、“そんなことは必要ないかな”って、今は思います。

3月11日に日本で起きた地震に関して、私の周りにいるモロッコの人たちに、
いつも心配してくれる言葉をもらっています。
中学校では、授業を全クラスで中断して、日本に向けてお祈りの時間を設けてくれました。
週に数回行く、近所の女子サッカーチームで、練習が終わってから、
みんなが一斉に日本に向けてお祈りをしてくれました。
キャンプで折り紙を子供たちに教えた時、一人の男の子が
“日本に向けてお祈りをしよう!”
という声をかけてくれ、折り紙を始める前に、みんなが日本のためにお祈りをしてくれました。
近所の仲のいいモロッコ人の友達の家に遊びに行った時、福島出身の隊員を紹介し、
家族が被災した時の様子を伝えました。
すると、涙を流しながら、初対面の隊員の無事と、その家族の無事を喜んでくれていました。

日々、自分を攻め続けていた自分でしたが、モロッコ人と一緒に生活し続けた9ヶ月間で、
何か目には見えないものを築き上げているように思います。
“体育教師としてモロッコに行った奴が、授業もせずのんびり過ごしている・・・
 2年間の海外旅行のような日々で、給料もらって、贅沢な身分だね・・・“
そんな風に日本でしんどい思いをしている方には思われるかもしれません。
目に見えないものよりも、形ある物・・・。

でも、これからは自分を攻めることなく、胸を張って、
自分はボランティアをしていると伝えようと思います。
私がここで生活し、学校現場に足を運び続けることで、
遠く離れた日本を応援してくれる人が少しずつ増えています。
一度も会ったことのない私の家族に対して、
自分の家族のように安否を心配してくれるモロッコ人がいます。


今から1年後、私は日本の中学校で働いています。
“私はモロッコに何も残さず帰るんじゃないか”と、
不安な自分がいますが、モロッコの人たちと生活を共にし、
その中で、目に見えない何かが築き上げられることを信じて、
残りの1年弱、過ごしていこうと思います。
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by coffeeshopdabada | 2011-04-11 21:32 | 頭の中